2009年10月3日土曜日

flemingsberg, フレミンスベリ

昨日はクラスメイトのお別れ会のため、ストックホルム近郊のフレミンスベリへと向かった。ストックホルムリージョン(州?県?)はセンターであるストックホルムのインナーシティーを中心とし、他に7つのコアがある、多核型都市であるが、フレミンスベリはそのコアのうち1つである。カロリンスカ大学という世界でもトップクラスの医大の大学病院や、大きな大学が一つある。コミュータートレインでストックホルムセンターまで約20分とまーまーの距離である。実際に行ってみるまではただそれだけのイメージだった。

が、行ってみて驚いた。その大学&大学病院もモダンないい雰囲気の建物で、いい感じなのである。確かにスケール感はものすごいでかいのに、歩行者と自動車の道のレベル分けをすることによって歩行者も快適に歩けるようにされているし、道路もスケールの割に、片道1車線しか供給されておらず、結果的にあまり車の流れが激しくないようにされていた。たぶん、バスがメインの道で、一般車両は周りのバイパスを走れるようになっているのだと思う。もちろん、金曜の夕方ということで、平日の様子とは大きく異なるのだろうけれど、この高質なインフラはラッシュ時でも問題なく対応できると思う。

また、建物群は恐らく、60年代に100万のアパートを造ろう的なポリシーの、悪名高きミリオンプログラムで建てられたアパート群である。が、圧倒的に素敵なのである。きっとかなりの金額をかけられて改修されたのか、全然味気なくないのである。建物の外壁を様々な色で装飾することによって、無機質な箱が急にかわいらしく見える。また、新しく違う箱やバルコニーを横付けすることにより、より複雑な形の建物が簡単にできあがり、これもまたいい工夫だと思う。円形の窓もかわいらしいし、それが移民系住民の衛星放送受信アンテナとすごくマッチしていて、偶然なのかもしれないけれど、考えてるなーなんて思った。窓辺をうまく装飾して外を歩く人の目を楽しませるのは、きっとこの国の文化なんだろうけれど、それもなんとなくエキゾチックな装飾が施されていたりして素敵だった。

さらに、建物を取り囲む空間もまたナイスで、野ウサギなんかも出てきた。人が快適に暮らせる工夫もたくさんされていて、かなり感心した。

さらに、移民コミュニティーのニーズを満たす食材ショップも充実しており、歩いたり食べたりショッピングしたり、普通に1日楽しめる空間だと感じた。

日本でもこういった感じの集合住宅・団地はそこらじゅうにある。けれど、千里しかり多摩しかり、かつて栄えた面影はあまりなく、今は高齢者社会になってしまっている、というのを聞いたことがある。その中で新たな取り組みとして、例えば、いざという時に助けるという条件?で大学生を格安で住まわせている集合住宅もあるらしい。そういったソフトの取り組みももちろん有効だけれど、身の丈に合った範囲内での思い切ったアップグレードを敢行することにより、また若い人にとって魅力な空間を創出できるようになると思う。もちろん、スウェーデンの集合団地がどこもこんなに見た目に魅力的であるわけでは全然ない。むしろ、授業では「ミリオンプログラムは失敗だ」的な内容をインプットさせられている。けれど、実際にこういった、少なくとも私の眼には成功と映るような事例もあることは間違いない。フレミンスベリはきっと、老朽化&住民転出&高齢化に悩む様々な集合住宅にとって、すごくいい見本になるように感じた。

2009年10月2日金曜日

roslagstul, ロスラグストゥル

ロスラグストゥルはストックホルムインナーシティーの北東部に位置する交通の分岐点で、うちの大学にもすごく近い。私が初めてストックホルムで住んだ、通称「コンテナ」と呼ばれる留学生寮もここにある。ちなみに、それは本当にコンテナでできていた寮だったため、コンテナと呼ばれていた。とにかく、ソルナからの帰路、そこを通ったのでちょっと書いてみる。

交通の要所であるロスラグストゥルは、当然のように車の通りが激しい。がんがんくる。おかげで、歩行者自転車用信号が青になるのに時間がかかる。これはしょうがないか。現在ストックホルムの地下バイパストンネルを工事中で、それが完成されたらきっとここの渋滞は幾分か緩和されるのだろうけれど。

そんな車の流れの絶えないエリアではあるが、すぐ後ろには巨大なhagaparkenという公園があるので、けっこう癒しはすぐ得られる。

今回はハガパルケンではなく、さらにロスラグストゥルに近い一つの丘を紹介する。あの忙しいロータリーのすぐ裏にはこんな素敵な緑の回廊がある。


その奥にはひっそりとCarl Eldhs Ateljemuseumがある。carl eldhはスウェーデンを代表する彫刻家で、彼のアトリエが美術館として使われているのである。というわけで行ってみた。

ひっそりと古いいい建物が並ぶ奥に、他とは幾分か異なる建物があり、これこそが美術館である。

が、閉まっていた。張り紙がしてあり、読んでみると、「トンネル工事の影響で、当分の間休館します」とのこと・・・。実はこれが2度目の訪問だったのだが、確か初回もその理由で閉まっていた。理由を忘れていた。事実、私のコンテナ寮もしょっちゅう工事で使うたぶんダイナマイトの影響で揺れていたし、大学もたまに揺れている。そんな揺れが彫刻の美術館を襲ったら、間違いなく展示品は粉々になる。観客が巻き添えを食らう。仕方がない。

バイパス工事でストックホルムの車がバイパスできるようになるのはいいけれど、それが完成するまでは、この美術館を訪問したい人も、時間的にバイパスしなくてはならない。どうやら、今回のストックホルム滞在では残念ながら縁がなかったよう。閉館中の美術館の隣に一つだけ置いてあるCarl Eldhの彫刻をはじめ、見れない分、ストックホルムを歩いて探してみることにする。

solna, ソルナ

昨日事務手続きの関係でストックホルムのお隣の自治体、ソルナへ向かった。ここはストックホルム最大のスタジアムがある以外は、典型的な郊外の町である。とはいえ、きっとスウェーデンの感覚ではまだまだ郊外というよりはストックホルムの延長上にある町なのかもしれないけれど。

ここの町の中心部の特徴は、何といっても巨大ショッピングモールである。そして、そこに人を運ぶための巨大な駐車場や道路であろう。なんとも郊外的である。ファーストフードチェーンも大きな駐車場付きである。やっぱりこれも郊外の特徴のように感じる。

とはいえ、公共交通機関が発達していないわけでは決してない。この巨大ショッピングモールの前にはソルナバスターミナルがあり、それなりに便利そうである。地下鉄でストックホルムセンターまでもすぐに行けるし、長距離用通勤電車の駅も近くにある。少なくとも地下鉄は平日は夜中の1時くらいまで、週末は一日中走ってるので、かなり便利である。なので、パーク&ライドしている市民もたぶんいる。いい傾向である。さらに、確かに道路のスケールは大きいけれど、それに見合うだけの自転車道路も整備されている。これはかなりありがたい。実際に、私も自転車で行ったし、寄り道とかしなければストックホルムセンターまで30分ほどの自転車距離だから、きっと多くのサイクリスト通勤者もいると思う。これはわが国の道路事情も参考にしてほしい。とはいえ、たとえ自転車道路ができたとしても、あんなに信号だらけの町だと自転車もこぎにくいか。


帰路、昔一度だけ行ったことのある工業地域にも寄ってみた。その時はものすごく大きなガレージパーティーで、ストックホルム最高のアングラシーンを体感したように記憶していたのだが、実際に昼に行ってみると、何の変哲もない工業地域のままであった。こういった都心にそこそこ近い工業地帯がまだそのまま残っている点で、ストックホルムはまだまだ成長の余地があるんだなーなんて思う。

そんなソルナでした。

2009年9月29日火曜日

from home to kth, 通学路紹介

なんだか、通学路なんかを紹介するのは、ここの学校生活が最後に差し掛かっていて、些細な日常でさえ愛おしいような気にさせるけれど、実際にそうだからしょうがない。基本的に、私は自転車登校をしている。豪雨や雪のときはバスや徒歩だけど。自転車で10分弱くらいの道のりです。寮は8階建てのアパートの最上階。写真の一番手前の建物です。個人情報をアピール。

で、そこからこんな雰囲気。すっかり秋ですな。

この後、大通りにでる。当然自転車道路が整備されているから快適にチャリ通できる。転がっているのはどんぐり。ちなみに、道路の右には乗馬場、左には軍隊の何かの施設(約2年住んでて未だに詳しく知らないw)があります。


乗馬場の後にはスポーツ施設があり、そこで右折する。ちなみに、ここは夏場はサッカーの練習場、冬場は屋外アイススケートリンクになります。バドミントンホールもある。道路隔てて反対側に私の通うプールや、大昔ストックホルムがオリンピックをした際のメインスタジアムがある。

で、こういった施設を過ぎたら森に入る。ここでは保育園の園児たちが毎日のように遠足?に来ていて、市民が散歩やジョギングをしている。私はそういった人々の営みをのんびり眺めつつ学校に行く。

森を抜けると学校にたどりつく。

学校内にはなぜかまるで関係ない人達のアパートがある。学生向けでもなければ教職員用でもない。なんとも不思議な空間が一部にある。それを過ぎると

火を見るよりも明らかな「V校舎」。ここはおそらく2番目によく使った校舎である。

その隣にある建物が私たちの中では「シセーコンピューター室」と呼ばれる建物。ある授業で一度そのコンピューター室を使ったのだが、クラスメイトのシセーという30代女性のみがなぜか場所を知っており、それ以外の全員が堂々と間違った教室で待機していたことがあることからそう呼ばれている。ちなみに、シセーさんはきっとそう呼ばれいていることを知らない。写真はその外にあるくつろぎ空間。9月に入りそれまで使っていたコンピューター室が授業で占拠されるようになった後、論文の最後の追い込みをここでねばっていた。

で、最後にVのようにはっきりしていない「L校舎」。ここが私の学び舎。運がいいと、わたしのアドバイザーが外でタバコを吸いながら出迎えてくれる。そんな時、私はちょっときまずい思いをする。今日も、「ヘイ、最後の仕上げは済んだかい?」なんて聞かれてしまった。まだなのに・・・。

こんな感じの道を毎日往復しております。この日々もあっという間にあとちょっとでおしまい。

新しい人生がどこかで始まるのはとてもドキドキワクワクするけれど、この暮らしとお別れするのはなんとなく悲しい。

vaxholm 2nd visit、ヴァックスホルム再訪

先週末クラスメイト4人(2日本人、1中国人、1オランダ人)でヴァックスホルムへ遠足をしに行きました。目的は、まちづくりを志す4人の学生が古き良きスウェーデンの街並みを研究すること・・・なんて考えていたのだけれど、それは最初のうちだけで、だんだんとただ観光して、歩いて喋って笑って食べて、となっていったのは言うまでもない。。。4人のうち1人がここにある中華レストランでバイトしてるから行ってみるというのが前提だったし、別の1人のタイムスケジュールがきつきつだったこともあり、結果あまり考察する・視察をするなんてことにはならなかった。

が、前回の(http://hiyorigeta-ryot.blogspot.com/2009/07/vaxholm.html)時に気付かなかったこと、というか気にしなかったことがあった。このブログを始めた当初、口酸っぱく行っていた道路について、実はかなりコンクリだらけのセンターだということに気付いた。多少の石畳ゾーンはあるが、確かにこれはあまりいい感じじゃない。メインストリートが駐車場になってしまってるのも感じがよくない。さらに、案の定、夏に比べると圧倒的に人通りが少なかった。

それでも、相変わらず街並みはかわいい。

素敵なお店も散在している。こういうナイスなお店にはちゃんとお客さんも来てたし。これは日本でも、辺境の地にあっても、レストランやカフェ、ショップが素敵だったらお客さんが車を1時間走らせてでも訪ねて行くのと同じだなーなんて思う。要は、工夫です。

私じゃない方の日本人はすでに松江にあるまちづくりコンサル・シンクタンク会社で働き始めていて、彼女曰く、あんなにナイスなお店は松江にはないらしい。私もどこにこの先住み始めるかはわからないが、日本の大都市以外で北欧のかわいらしいブティックみたいなショップが散在している町ってなかなかないかもしれない。なければ作ればいいんだけどさ♪ ちなみに、そんなショップで、デザインなんかにはまるで興味のない2人の友人が商品を物色しているのはなんともおもしろい光景だった。

センターをちょっとはずれるとコンクリでさえ舗装されていない道路になっていた。湿気っぽくない季節ほこりっぽいだろうなーなんて思ったりするが、味気ないコンクリの道よりはよっぽど素敵だとも思った。そして、なぜか、「ご自由にお持ちください」の洋ナシが民家の角に置かれていて、私以外の3人が満足げに食べていました。


そんなヴァックスホルムでした。

2009年9月14日月曜日

ストックホルム

論文が一段落つき、一昨日土曜に約1か月ぶりくらいにカメラを持って都心側へ向かい自転車を走らせた。いかに学校と家の往復の毎日だったかに少し驚いた。

まず行きつけの図書館の隣にある公園に農作物市場が出ていてけっこうな賑わいを見せていた。農作物の生産者と対面販売である。なんだかわくわくした。佐渡でもAコープの駐車場でやっているらしいけれど、大都会でこういうのってあんまりない。「産地直送」とか「私が育てました」とかいう写真はあっても、直に農家の人たちとお話して野菜を買える機会はあんまりないなーって思う。こういう機会がもっと増えれば、消費者が多少高いお金を出しても生産者を支える仕組みができていくと思うし、農業への魅力にもつながる。

続いて、旧市街を抜けようと思ったら、市民ハーフマラソンがあるみたいで健康志向ストックホルム人たちでごった返していた。エコ農作物市場も健康志向なストックホルム人のニーズをうまく把握したいい戦略だと思う。

センターのセルゲル広場には多国籍マーケットが開かれていて、いろんな国の食べものや雑貨やらが売られていた。

最後に、案の定、帰路、ランナーに道路を占拠され、ちょっと大変でした。ものすごい人数。急ぎだったらイライラするんだろうけれど、そのイベントに参加する人々や観客の活動をのんびり見ながら帰れました。東京マラソンは当選確率が8倍?とかってニュースに載っていた気がするけれど、きっと町中を車に邪魔をされずに走るのって楽しいんだろうなー。私はジョギングよりも散歩とサイクリングの方が好きだけど、そのうちこういのにも挑戦したい。

修論に忙殺されていた・・・わけでもないと信じたいのだけれど、しばらく町に出てのんびりいろんな人々の営みを傍観する喜びを忘れていた気がする。もったいない。まだ論文が終わったわけではないけれど、だいぶ時間ができるはずなので、しっかり町歩きを楽しみまくりたいと思う。

2009年9月4日金曜日

sado, niigata. 佐渡、新潟 その⑩

順番としてはちゃんとインタビューのまとめを載せるべきなんだろうけれど、勢いにまかせて今回はやっと終わりが見えてきた修論の結論を紹介する。

私の修論の目的は、シュリンキングシティーと呼ばれる人口減少が進む都市について知識を深め、そこで何か可能性を見つけてそれを育てるためにはどうしたらいいかを考える、といったようなも。そして、そのためには、調査を始める前から、「スマートグロース」「クリエイティブ」と「都市ブランディング」という3つのコンセプトがカギになる、と仮定して研究をし始めた。

で、その結論というのが、約50ページ端折って、佐渡のブランディングの提案になった。で、私が行きついた提案というのが、「Sado, the city of rediscovery」、つまり、「再発見の町・佐渡」というブランドである。けれど、この「都市名、the city of~」というのがあまりにも多すぎで嫌なので、「ReDiscover Sado」にした。で、sとSに佐渡島の形を使った。RとDを大文字にしたのはDiscoverとRediscover、発見と再発見の両方をアピールさせるため。

で、なぜ再発見かというと、いくつか理由ある。ひとつ目は、いつか書いた、佐渡観光協会のPure Japanというのが関わってくる。このPure Japanというのは、「日本の伝統的な自然との共生が・・・」というものらしい。これは、かなり多くの日本中&世界中の人々が忘れてしまった価値のように感じる。それを訪問者は佐渡で再発見するのである。また、アンケートで何名の方が仰っていたように、佐渡の良さを知らない佐渡市民に、佐渡の良さを再発見・再認識させる、そんな意味もある。さらには、佐渡外部の人々にまず佐渡を発見してもらい、さらにもっといろんなものを再発見させる、というリピーターを増やす戦略も含まれる。さらにさらに、人的資源である創造性を活かすことが経済発展の基礎になる、というのを大人気学者フロリダが唱えているが、その創造性(クリエイティブ)を経済発展のためというよりも地域社会のために活かすという素敵な人々である、社会起業家の価値やその役割を発見・再発見できる島にする、というのもある。最後のは佐渡でお世話になったTさんにもらった概念であり、修論の最後で大活躍している。

で、スマートグロースがどこにかかってくるかというと、このプロセス全部である。ただ、佐渡はシュリンキングシティーなので、スマートシュリンケイジという新たな考え方を創りださなければならない。スマートグロースは、量的な成長(人口や経済)が質的な低下(環境破壊とか)を招くのを防ぎ、その両方を向上・バランスさせるものである。なので、逆に、スマートシュリンケイジは、質的な成長(空間の有効活用の可能性)を量的な成長(経済発展)に結びつけるという概念であると仮定し、その空間の有効活用をクリエイティブが刺激する、そんな感じで、やはりブランディングに活かす。

ちなみに、このスマートシュリンケイジという考え方、まだ実例はない。ryot発である。ただ、ちゃんとサポートもある。NIRAという日本のシンクタンクレポートでも縮小都市でのスマートグロースを提案しているし、2009年5月にはEuropean Commissionが「SHRINK SMART」という3年間のプロジェクトを7カ国合同で開始したばかりである。なので、もし、本当に佐渡のことを考えるなら、佐渡をスマートシュリンケイジの世界最初の都市であることを宣言し、さらにそれを実現させるための効果的な都市ブランディング戦略(、私の場合「ReDiscover Sado」)を宣言すべきなのだ・・・。

(ちなみにちなみに、スマートシュリンクというのはあるようだ。まだまだググってもヒットはほとんどないくらに少ないけれど。これは「持続可能な地域の形成を目指す成長管理を意味するスマートグロース(Smart Growth)の対語で、絶対的な人口減少下で住民の生活の質(Quality Of Life)を維持・向上していくための地域マネージメント手法を総称する概念。地域が、積極的に公共事業や公共サービスの供給を効率化する一方、特異性を見出して地域間の競争力を確保するなど、「賢く、縮小していかなければならない」ということを意味している 」(http://www.machinakasaisei.jp/project/terms/index.html) というものらしい。ちょっと似てるようではあるが、違いは生活の質・質的な成長の向上を目的とするか、手段とするか、というところに違いがある。偉そうに言えば、シュリンクの方は生活の質の維持・向上の達成のためには「効率的」な公共が介入しなくてはだめそうな雰囲気が漂う。逆に、シュリンケイジの方は、質的な成長をチャンスととらえて、それをソーシャルビジネスに結びつけるという、自立心&野心を失わない。例えば、公共交通を考えると、シュリンキングシティーでは公共サービスの効率を求めるが故に誰も使わない&1日に数えるほどしかないサービスになってる。これをビジネスチャンスと捉えられたら、それは社会起業なんだと思う。もちろん、ビジネスと捉えるというのが、いわゆる金儲けのビジネスではなくて、地域に貢献するためのビジネスである必要があるけれど。というか、そもそも比べ方が間違ってる気がする。スマートグロースが量と質の両方を向上させるために効率を上げ、そのためにコンパクトシティーを目指すというのは圧倒的に正論だと私は思うが、シュリンキングシティーにおいて、密度はかなり低くなっているのに、そのことに関しての比較がなされないのであれば、それはおかしいし、言及がないのも意味がわからない。この低い密度こそ、活かすべき手段なんだと私は思う。まー、でも地域間の競争力とか、賢く縮小というのはとてもいい。もちろん、大都市との補完性とセットであるべきだと思うが。)

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という支離滅裂な議論を今片付けてます。言うは易し。こんな理想的なことができれば苦労しないんだろうけれど。もちろん、論文にはもっと違う肉もついてます。もっとサイエンスな肉。

ちなみに、なぜ再発見の町・佐渡ではなく、英語でやるかというと、それは当然、そっちの方が圧倒的な量にアピールできるからである。日本で人気のゆるキャラでは外にアピールできない。もちろん創っちゃいけないわけではないと思うけれど。

なぜか最近全身気だるくて、すぐに疲れて眠くなるのに、いざ寝ようとすると全然寝れない、という理不尽な状態が続いております。論文の締め切りがいよいよ近づいてきているストレスなのかしら。で、今回は寝ようと努力したのにどんどん頭が冴えてきてしまった勢いで書いたので、いつも以上にぐちゃぐちゃなのをお許しください。